近鉄バファローズ

野球とワクワクの仲間たち

猛牛軍団近鉄バファローズ

  
  

  猛牛軍団近鉄バファローズ

 

 この時代の近鉄バファローズ
西本監督が6年?の年月をかけ強いチームへと育て上げたという感があります。
しかしながら、近鉄バファローズはリーグ優勝はしますが、悲運の
闘将西本監督の体が日本シリーズで宙に舞うということはとうとうなれなかったのが印象に残っています。  
  

         MENU

ワクワク野球のページ
野球とワクワクの仲間たち
大好きロッテオリオンズ
弱小ライオンズが常勝ライオンズへ
強い!!強すぎる!阪急ブレーブス
名門野村南海ホークス
猛牛軍団近鉄バファローズ
摩訶不思議日本ハムファイターズ
天も地もあり巨人軍
潜在能力NO,1だ!阪神タイガース
頑張れ大洋ホエールズ
赤ヘル広島カープ
ツバメが飛んだぞヤクルトスワローズ
燃えよ!中日ドラゴンズ
私が選ぶ50年代セリーグベストナイン
私が選ぶ50年代パリーグベストナイン

ワクワク趣味と仲間のページ
野球漫画とその仲間たち
ドラゴンボールとワクワクの仲間たち
ワクワクの仲間たちへようこそ
ワクワクのスポーツ仲間(サッカー)
ワクワクのスポーツ仲間(卓球)
ワクワクのスポーツ仲間(相撲)
ワクワクの趣味・健康野菜料理
ワクワクの趣味・健康ダイエット料理
インド一人旅と出会ったひとたち
ワクワクのインターネットと仲間たち


リンク集
プロフィール






近鉄バファローズの投手陣は大エース鈴木。300勝投手ですが、たぶん最後の300勝投手になるのではないでしょうか。完投は当たり前といった感じで当時の連続完投勝利の記録ももっているくらいですから。すごいピッチャーということは認めるんですが、一つだけ残念なことがあります。
それは当時CMで「投げたらアカン」っていってたのに、
シーズン途中で引退してしまったのです。途中であんたが投げたらアカンやろって!

右ピッチャーでは井本。鈴木の陰に隠れてるみたいでしたが、とんでもないグングン攻めてくるピッチングは圧巻でした。アンダーハンドのニャロメこと柳田も投球フォームが
変わっていて印象に残ってます。もちろん実力もありますよ。人気面では太田幸二。甲子園での活躍で有名でしたが、実力もそこそこあったのですが30歳くらいから急に
衰えていった記憶があります。若い頃(甲子園)で投げすぎたせいでしょうか。

近鉄バファローズの打撃陣はヤクルトから移籍のマニエルが4番に座ってから打線に軸ができ、相乗効果からか打線が繋がり、優勝へと進んでいったと思います。マニエルで印象に残っているのは、その打力もさることながら八木沢(ロッテ)にあごにデッドボールをうけ、アメフトのヘルメットみたいなんで出てきたこともあります。
この怪我でマニエルリタイア中は勝てなかったところをみると軸の抜けた打線はこんなにももろいものなのかと思いました。その為、早期復帰の秘密兵器がそのヘルメットだったというわけです。

そのほかもすごいバッターがたくさんいました。999(スリーナイン)とヘルメットに書いてあったガッツあるトップバッター平野。なぜかツーストライク取られるまでは、バットを振らない小川。首位打者もとった右の好打者佐々木。マニエルの前に4番を打っていた栗橋。彼もマニエル加入で5番になりましたが、結果として良い成績に繋がったと思います。また、本拠地では相手側の3塁応援団によくやじられていた羽田。打つほうでもパンチ力のあるバッターでした。

このチームのうらやましいところは梨田、有田といった
他チームでは正捕手を張れる選手が2人もいたのです。
有田は鈴木専用捕手みたいな形になっていきましたが、
打力もあり、ベンチにいるということは他チームには脅威だったと思います。梨田はこんにゃく打法という独特のバッティングフォームで、3割も打ち、特筆すべきは、肩の強さが挙げられると思います。この時代のナンバー1キャッチャーだったのではないでしょうか。
50年代半ばはまさに近鉄バファローズの時代だったのでないでしょうか。

けっこう選手のことを書いてきたので、なんとなくベストナイン想像がつきそうですが、発表したいと思います。
ピッチャーは鈴木といきたいところですが、個人的に左の村田を推したいと思います。左のややサイド気味のぐんぐんと速球で責めるピッチングが好きでした。

キャッチャーは個人的には有田を推したいところではありますがやはり梨田で。ファーストは小川。2番や3,5番といったクリンアップも打った打撃が強みですね。セカンドは
ショートでの選出ではなく石渡を。イメージはショートなんですが、セカンドの守備も含めて総合的に判断の結果ということで。では、ショートは誰?吹石を選びたいと思います。その打力、守備力ともに石渡以上で石渡セカンド吹石
ショートという布陣も後半はよく見られたものでした。サードは羽田。4番も打ちずっとこの時代の近鉄のホットコーナーを守ってきたのは彼ですから。外野は栗橋、平野、佐々木で決まり。となるとマニエルが選べない。今回は特別に
指名打者マニエルでの選出にしたいと思います。


Copyright (c) All Light Reserved