南海ホークス |
名門野村南海ホークス |
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名門野村南海ホークス南海ホークスは、当時プレイングマネージャー野村のチームという感じでした。キャッチャーをして、4番を打って、監督をするという今思えばすごいことだと思います。南海ホークスはその野村監督の解任以降、長い長い低迷の時代を迎えるに至ってしまったのです。 |
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南海ホークスはその野村監督の解任以降、長い長い低迷の時代を迎えるに至ってしまったのです。それもその はず、いくら力が落ちたとはいえ4番がいなくなることは チームには柱がいなくなるわけですから、打線の力は衰えますよね。また、肩に衰えはあったものそのリードで多くの投手を再生してきたわけですから、そこにも弱点が出来てしまいました。なんせ、ずっとマスクをかぶっていた訳ですから、他のキャッチャーが育っていないのですから、無理もないところではあります。 南海ホークスの投手陣は野村再生工場のもと、多くの ピッチャーが再生されエースの道へ進んだピッチャーもいました。代表的なのは巨人時代0勝の山内がなんと20勝投手にまでなってしまったのです。あとも江本、松原、金城、星野など、いろいろなピッチャーが思い出されます。後に 優勝請負人として、渡り歩くことになる江夏をリリーフへ 転向させたのも野村監督で眼力は恐れ入るものがありました。 若手投手も藤田、佐藤など、思い切った起用やファームでの育成など、うまく育てた印象が強いです。その後は山内 トリオなどありましたが、全体的な頭数も含めて戦力ダウンは否めなかったと思います。 南海ホークスの打線はともかくトータルに衰えはありましたが、4番野村を中心とした打線だったと思います。 野村の抜けたあとは、ハンマリング打法の門田、一本足の片平。この2人が個性的であったのもありますが好きな選手でしたね。門田は怪我も乗り越え最終的には500本以上ものホームランを打つわけですから。 あと、藤原、桜井、定岡、河埜らの脇役も当時の打線を支えた選手たちだったと思います。 また、野村監督のことになりますが、当時では珍しいシンキングベースボールを当時のブレーザーコーチらと推し進めていっていたのも印象的でした。 守備面でもダブルプレーがきっちりできる二遊間を固め、 バッテリーを含めたいわゆるセンターラインの強化にいち早く取り組んだ監督さんだったと思います。 ただ、惜しむべきは、当時中学生だった私は公私混同での解任という意味が良く分からなかったけどもったいない と思い、これから弱くなるなっと思ったのを覚えています。残念ながら本当に低迷期は続き、名門とうたわれた南海ホークスもこの後にダイエーに身売りされ福岡に行くことになったのですが。 この時代強かったと時と弱かった時とありますが、その中で名門南海にふさわしいベストナインを選びたいと思います。ピッチャーは、いっぱいいるんですが、藤田を選びたいと思います。野村監督のもと、順調に成長し長くエースとして働けると思っていましたが、残念な怪我で伸び悩みましたが、あの怪我がなければ南海のエースとして、バリバリ活躍できたのではないでしょうか。キャッチャーはさんざん言ってきましたのので野村で文句無し。 ファーストは一本足の片平。打つほうの印象が打法もあり、強いですがファーストの守りもうまい選手だっと思います。セカンドは桜井。河埜とどっちにしようか迷いましたが、 堅実な守りと渋いバッティングを買って桜井で。サードは 藤原。当時あのツチノコバットをもって、1番を打ちチームを引っ張っていっていた選手です。ショートは定岡。打力はもう一つですが当時のショートでは一番肩が強かった選手ではないでしょうか。 外野手は怪我する前は守備力もよかった門田。もちろんその打力はいうことがありませんが。後の選手は正直難しいのですが、セカンドでは選出できませんでしたが、のちに センターにコンバートされた河埜選手を外野手で。後一人は、南海時代は期待されていましたがもう一つでしたがその潜在能力を勝って新井選手を選びたいと思います。 |
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