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頑張れ大洋ホエールズ

     
  

   頑張れ大洋ホエールズ

大洋ホエールズは、50年代は申し訳ないんですが、弱いイメージが残っています。私は山口県出身なんで下関の大洋漁業の関連でファンの人も結構いたんですが、正直もうひとつの感はありました。そんな大洋ホエールズですが正直一度ファンになろうかな、ロッテから乗り換えようかなという時期はありました。だから、結構好きなほうのチームだったと思います。結局はファンにはなっていないんですが。他の広島、ヤクルトといったところが初優勝で沸いていたこの時代にちょっと取り残され気味だったと言う感じでした。


         
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大洋ホエールズの打線は役者揃いで、一発も有り上位
球団に比べても遜色のないものだったと思います。外野で足のある中塚、好打者長崎、勝負強い高木由など。内野も松原、守備の名手山下、ライオン丸のシピン、ホームランバッターの田代などなど小技、一発ありのまずまずの打線だったと記憶しています。

とくにオバQ田代の登場は若きホームランアーティストとして華々しかったことを記憶しています。打撃より守備で独特の、グラブを下からすくうように取りに行く(ちょっと説明がへたかもしれませんが)スタイルは名手として謳われ50年代の屈指のショートストップだったと思います。

大洋ホエールズの投手陣はこれが当時の課題で、なかなか計算のできる投手が少なく、当時の監督さんはやりくりに相当苦労されていたと思います。代表格はカミソリシュート、ガラスのエースとも呼ばれた平松。他球団のエースと
比べても実力的には遜色なくすごいピッチャーでしたが、
なかなか勝てないという感じでした。

そんな中でてきたのが斎藤明。先発にリリーフにとその
両方で成績を残し活躍したピッチャーで私の中では50年代の大洋ホエールズを支えた投手だと思っています。また同時期にでてきた遠藤。この人はエースというにふさわしい活躍だったと思います。3年連続最多勝などちょっと打てないと他チームにいわせしめたものでした。私の阪神ファンの友人などは大洋ホエールズの先発が遠藤と聞いただけで、遠藤じゃあ勝てんとやる前から諦めていたのを覚えています。
相手チームのファンにこう思わせるのですからすごいことですよね。

個性的な集団で、個々の力も特に打力は良く、投手力も徐々にではありますが揃ってはきましたが、当時としては上位チームとの差はなかなか縮まらず、ファンにとっては
つらい時代だったのではないでしょうか。

さて、ベストナインですが、まずピッチャーですが、遠藤、
斎藤明、平松とどれも甲乙つけたがいところですが新人の時から先発にリリーフにと大車輪の活躍をしたヒゲでもおなじみだった斎藤明にしたいと思います。

キャッチャーは打力もそこそこあった福嶋で。ファーストは松原。タイトルになかなか縁がなく無冠の帝王とも呼ばれていたりしましたが、体が柔らかくファーストへの送球を両足がべったりとつくくらいにまで広げてとったり守備もうまく、4番としてもチームを引っ張っていっていた選手でした。セカンドは移籍の基と高木豊ですが選びにくいところではありますが、高木豊で。やはりよくヒットを打っていたその打力を評価したいと思います。
サードは守りの不安はありますが、その長打力は魅力だった田代を選びたいと思います。1回くらいはホームラン王のタイトルを取ってもらいたかった選手でした。ショートは文句なく山下。絶品の守備に思い切りのいい打撃を高く評価したいと思います。

外野は地味ではありましたが、勝負強い高木由で。あと、足が速くて好打者の中塚を選びたいと思います。もう一人は早くからその足に注目され期待されていた屋敷を選びたいと思います。ぜんぜん成績とは関係ないけど甲子園球場で阪神ファンに「こらおばけ屋敷」とやじられていたのが印象に残っています。



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